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2008.02.26

ナスカの地上絵

最近の科学技術の進歩が、考古学や古美術、国文学などにもとても役立っているという話が日経のサイエンス記事にのっていました。

例として挙がっていた地上絵が気になり、どのように書かれているのか、大きさはどれくらいなのか、そうだGoogleMapで見れるのでは!?と思い、調べてみました。

「ナスカの地上絵」は、このような盆地の暗赤褐色の岩を特定の場所だけ幅1m~2m、深さ20~30cm程度取り除き、深層の酸化していない明るい色の岩石を露出させることによって「描かれて」いる。規模によってはもっと広く深い「」で構成されている。地上絵の線は最初に線の中心から外側へ暗赤褐色の砂利を積み上げる、それから線の中心部分に少し残った暗赤褐色の砂や砂利も取り除いて明瞭になるようにしたと推察される。

うずまき by GoogleMap

スゲーなーー。昔の人の知恵や根性もスゴイが、現代の集積された技術もスゲーなー。
すげーすげー

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2008.02.19

デス・マーチ?

膨れ上げる要件を、いかに食い止めるか。
そして、お客様の満足するものが作れるか。

お金がないお客様に、どうやって奉仕するか。
そして、自分達は事業を営まなければならない。

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2008.02.18

割り箸使うなら、木を植えろ。

ひとつ自然の恩恵に与るなら、

自然にひとつ恩返しをしよう。

今日の素敵な宇宙船地球号でも、最近世界遺産に登録された石見銀山の採掘の歴史を少し紹介していました。

銀山に村を作り、植林をしながら最低限で山を削っていたと。。。まぁ美化されている部分を差し引いても、山を大切にするという心はあったのかな。と。

最近読んだ北森 鴻さんの本に、「千と千紘の神隠し」のタタラバの一解説(解釈)があり、自然との共生、立場の違う2つの善などにとても関心があります。

正月地元に帰った際に、友人が日本人は最も共生が得意な人種だと。だから、これからの共生が必要な国際社会は、日本が牽引していくべきなんだと。

んー、あながち悪くない。

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2008.02.13

休日子育て

先の3連休ですが、金曜日も嫁の不調のために在宅で仕事をさせて頂きましたので、4連続で家にいた訳ですが。。。

当然、子育てを手伝う訳です。

ホント、カワイくて仕方がないんですが、あまりにもずっと面倒を見ていると、やはり大変です。会社へ行って仕事をするのが、いかに楽なことであるかを痛感します。

やはり、母ってスゴイな。

Sn360168

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2008.02.07

括約筋

人間は、理性でもって体を制御する。
意識して制御することもあれば、無意識に制御してしまうこともある。

動物から人間に進化した際に、もっとも進化した筋肉は括約筋なのではないか、、、と勝手に夢想してみる。括約筋とは、排尿や排便の時に利用される筋肉である。簡単に言うと、オシッコとウンチである。

人間は動物と違いどこでもウンチはしない。よって、意識して括約筋を制御している。しかし、電車の中でオナカが痛くなった時には、もー大変だ。

我慢して気絶してしまう人もいるらしい。それほどまでに体を意識でコントロール出来てしまう。

ということを嫁に語っていたら、飼われている犬猫も制御してるじゃん。。。と、確かに。

人間(特に日本人)は、動物的生理現象を(下品として)隠す傾向にあるらしい。
なぜだろう。。。!?

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2008.02.06

SEが更に貴重になる日

昨今のソフトウェアによる様々な社会不具合を挙げて、ソフトウェア業界の問題を解説しているNHKの番組を見ていました。

うつ病になる人が多いとか。

1人に対する作業負荷が高いとか。

問題点の提議で、解決への方向性の指針はありませんでした。

私が日頃から考えているのは、外せない業界であるにもかかわらず、さほど重要視されていると思えない待遇。これも一時期の供給過多でスキルのバランスが悪いのではないかと。

希望的観測も含めて、もう少し独立系のSE・プログラマーが増えてくれば、自然に解決する問題なのではないかと考えています。

それにしてもソフトウェア工学としても、もう少し進歩が必要かもしれませんね。

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2008.02.05

教育再生

最近、娘が生まれたこともあり、巷でも何かと話題になる教育再生について考えてみたいと思います。

ちょっと前のゆとり教育がどのようなもので、現状がどうなのかは新聞やニュース程度しか分かりませんが、振り返って15~25年前の教育はどうで、どう改善していく余地があったのかを考えてみます。

まず小学校。
冬でも半ズボンで、鼻を垂らして遊んでました。
先生を尊敬した記憶もないですが、馬鹿にしていた記憶もありません。
授業が役に立ったか記憶にないですが、中学の勉強で遅れた記憶がないので、それなりに悪くはなかったのではないでしょうか。

次に中学校。
全教科が無意味ということはないですが、英数国のメイン授業は殆ど塾が先行・応用していて、まともに授業を聞いた記憶がありません。あまりに態度が悪くて、英語のテストが満点なのに4をつけられた記憶があります。
この頃から、先生は果たして頭が良いのか!?と子供ながらに斜めに見ていました。
部活の制度などはとても良いと思いますが、公立中学でレベルを均一化した授業には改善の余地があるのではないかと思いました。

最近、公立中学で成績優秀者に補講を行って賛否両論ありましたが、私は多いに賛成です。これからは選択幅を大きくし、比較して差をつけるのではなく、自らが目指すものを助ける教育に迎えれば良いなと考えています。

ドイツでは中学くらいで夢がない人がいなく、高校からほぼ専門課程に進むと昔に聞いた記憶があります。

飛び級も少ない日本ですし、私も皆と一緒で高校・大学に行っとけばという考えがあったのも事実です。小学校の時は電子工作をしながら、将来は東工大かMITに入ろうと考えていた時期もありました。それが中学では、より良い高校・大学に入れれば将来やりたいことが出来るという意識に変わっていた気がします。

基礎学力はとても大切なので、どの時期から専門課程とするのは難しいですが、もう少し選択の幅を広げ、自由に学習でき、差別が発生しない教育が出来たら理想で、そのために私も何か出来ることはしなければと決心しました。

しかし、現実には男の子が生まれたら、絶対東大に入れようと思っている今日この頃でした。

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